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福岡高等裁判所 昭和36年(ナ)2号 判決

原告 市岡直喜

被告 熊本県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告が昭和三六年七月二一日なした「昭和三六年四月二〇日執行の熊本県球磨郡相良村議会議員一般選挙における訴願人小山直枝の異議に対し相良村選挙管理委員会のなした決定を取消す。右選挙において当選人と決定された原告の当選を無効とする」旨の裁決を取消す、訴願人小山直枝の訴願申立を棄却する、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、昭和三六年四月二〇日執行の熊本県球磨郡相良村議会議員一般選挙(以下、本件選挙という)における選挙会は候補者小山直枝の得票を一三六票、候補者原告の得票を一三七票と判定し、原告を最下位当選人、小山直枝を次点として落選人と判定した。

二、候補者小山直枝は右選挙における原告の当選の効力に不服があり相良村選挙管理委員会に対し異議の申立をしたところ、同委員会は異議申立を理由なしとしてこれを棄却する旨の決定をなした。

三、小山直枝は右決定に不服で、被告熊本県選挙管理委員会に対して、前記選挙会が無効と決定した投票の中に「大山」及び「」と記載された投票各一票があるが、右はいずれも小山直枝候補の有効投票とすべきである、即ち「大山」と記載された投票については(イ)候補者小山直枝の選挙運動用ポスターに記載した氏名には「オヤマ」と振仮名をつけたこと、(ロ)街頭演説でも「オヤマ」と訴えたこと、(ハ)当地方においては「小山」を「オヤマ」と音読する習慣があつて老齢者中には今でも「オーヤマ」と発音するものがあること、(ニ)小山直枝にあてて「大山様」と記載された手紙、通知書等が届いていること等の事情から小山候補の有効投票と認めるべきであり、この種の「大山」と記載された投票は相当数あるものと考えられる、「」と記載された投票は、字を能く書けない者が「小山」と書こうとして更に仮名にて、このように記載したもので他事記載の無効票ではなく、小山候補の有効票である、従つて小山候補の得票数は少くとも一三八票となつて、最下位当選人の原告の得票数一三七票を越えるので、小山候補が当選人となり原告の当選は無効であるとの理由をもつて相良村選挙管理委員会のなした異議申立棄却の決定を取消し、小山直枝を当選人とする旨の裁決を求めて訴願をなした。

四、被告熊本県選挙管理委員会は右の訴願を理由ありとして昭和三六年七月二一日「昭和三六年四月二〇日執行の球磨郡相良村議会議員一般選挙における訴願人小山直枝の異議に対し相良村選挙管理委員会のなした決定を取消す。右選挙において当選人と決定された原告の当選を無効とする」との裁決をなし、同裁決書は相良村選挙管理委員会を経由して同年七月二四日原告に送達された。

五、原告は被告熊本県選挙管理委員会の裁決に不服があり、本訴においてその取消を求めんとするものである。即ち本件選挙における各投票の記載を調査して、その有効無効を判断すると次のようになり(各投票の下の番号は検証調書添付の写真番号を示す)、結局原告の得票は小山候補のそれより多いことが明白であるからである。

六、原裁決が特に投票の効力につき有効と判断せる「大山」と記載した投票(No.11)一票について

(1)  「大山」と記載された投票の記載は、記載自体「小山」と判読することをえないし、「小山」と類似概念をもつものでもない。ただ音読すれば「大山」はオーヤマと発音し、「小山」はオヤマと発音せられ、音声発音においてやや似た聴覚を感ずるのみである。

(2)  「大山」と「小山」とは互に固有名詞として併存する別個の氏の符合である。「大山」の記載を仮名にて「オヤマ」又は「オーヤマ」と、即ち固有名詞文字でない発音文字をもつて記載したものと混淆して考えることは許されない。

(3)  本件選挙の選挙会が小山候補の有効投票と判定した投票中に「大山なをえ」及び「大山ナオエ」と記載した投票があるが、その有効であることについては一抹の疑問を懐いている。

(4)  小山直枝の居住する地方の老齢層では「小山」をオーヤマと音読せず、寧ろコヤマと音読する者が多数である。

(5)  小山直枝は(イ)相良村北小学校区婦人会長(ロ)相良村北小学校PTA副会長(ハ)相良村公民館運営審議委員(ニ)民生委員等として、地方における顕職にあり(ホ)実父小山勝清は小説家として著名な文士である等の事情があつて小山直枝の所在地附近においては、同人の姓「小山」を「大山」と了得記憶しているものは皆無か、または極めて稀有である。

(6)  投票の記載が「大山」と疑念を生ずる余地なき程度に漢字で明確に表示記載せられている事実に徴すれば、同投票は同選挙において投票をなした選挙人中の「大山」姓を有する者が候補者の人選に困窮した末、投票棄権の非難を避けるため、候補者でない自己の姓を記載投票したのであつて、始めから意識してなした無効投票である。

(7)  「大山ナオエ」または「大山道夫」と宛名の記載された郵便物等が稀に小山直枝またはその家族に届いた事実があつても、それは郵便配達員が右の宛名のみならず差出人の住所氏名やこれ等の者と文通をもつ可能性のある人物及び類似音読による人物のことなどを綜合し、また小山直枝やその家族に確かめて、その確認をえて便宜上配達したものと推察せられるのであつて、後日郵便官署が相当の責任を負担すべき書留郵便物等については右の例に従わなかつたのであるから、郵便物到着の一事をもつて有力な判定の資料とすることはできない。

(8)  なお「小山」の小を大と誤記して「大山」と記載投票したものとせば、それ自体無効の投票である。

いずれにせよ無効投票たるべきものである。

七、原裁決が特に投票の効力につき有効と判断せる「」と記載した投票(No.12)一票について

(1)  この投票は、記載自体によれば、上部二字は判読不能であるが、下部三字が「オヤマ」と判読されることは争わない。しかし、それは、四字目を「ヤ」と判読した場合のことであり、最下部の五字目を「タ」と判読すれば「オガタ」とも判読せられ、右の判読は両方とも同じ比重の精確度をもつている。しかるに本選挙には「小山直枝」及び「尾方正信」なる候補者が併立しているから、右の投票はどちらの候補者に対する投票か確認することができない。

(2)  右投票の上部二字は判読不能であるが、強いて判断すれば「木下」と書く意思をもつて、この二字を記載したと推断せられるのであつて、「小山」または「オヤマ」と書く意思をもつて、これを記載したものとは推断し難い。右二字の記載は判読し難い他事を記載したものというべきである。

原裁決がこれを小山候補の有効投票となしたのは失当である。

八、本件選挙における選挙会において小山候補の有効投票と判定した「」と記載した投票(No.4)一票について

この投票は、記載自体に照し文盲無筆の者が名刺大位の用紙に「オヤマ」と切り貫いた型紙を使用し、投票用紙の上に置き、その切り貫き部分の一部を鉛筆にて撫でて作為顕出した一種の絵画であつて、文字としての記載でなく、無効の投票である。

即ち型紙の切り貫きは「オヤマ」とされていたものを、切り貫き部分を撫でて作為顕出するに際して文盲無筆者であるため「オヤマ〔手書き文字〕」の直線部分のみを顕出し、点線部分の顕出をしなかつたものであつて、そのことは各字の配置及び字画の配列等に徴して明かである。

九、前同様有効投票と判定した「」と記載した投票(No.5)一票について

この投票は「大」の字の左横に「」と記載され「青」らしき字を書き掻き回して抹殺しており、判読し難い記載がなされていて、他事記載として無効の投票であるし、更に「大山ナオエ」の記載が「小山ナオエ」と判読することを許されないことについては、前記六に記載したとおりである。

一〇、前同様有効投票と判定した「」と記載した投票(No.6)一票について

この投票は「小山」の字の右横に「」と記載され、「田木」らしき字を書き「田」字部分を掻き廻して抹殺しており、判読し難い記載がなされていて、このことは、結局、他事を記載した投票で無効である。

一一、前同様有効投票と判定した「」と記載した投票(No.7)一票について

この投票は「小」の字の上に「」と記載されて判読し難く、前同様、他事を記載した投票であつて無効である。

一二、前同様有効投票と判定した「小山み」と記載した投票(No.8)及び「小山ミイ子」と記載した投票(No.9)各一票についてこれ等の投票は、いずれも候補者以外の者の氏名を記載したのであつて、無効である。小山直枝の立候補届には、その候補者欄に「小山(オヤマ)ナヲエ」、届出者欄に「小山直枝」と記載し、また選挙ポスターの候補者名を「小山直枝」と記載し、いずれよりするも「小山み」及び「小山ミイ子」なる記載が小山直枝を記載した有効投票と認めるべき根拠はない。

仮に小山直枝の幼名が一応「みどり」と命名せられ、「みいちやん」「みい子ちやん」等と愛称せられ、近親者や近隣(晴山部落)の懇親者中には、今なお右愛称を呼称しているとしても、同愛称は相良村に一般公知の顕著なものではなく、殊に選挙における候補者名として記載投票しても、直ちに同人に対する有効投票とするのは違法である。昔時「田中義一」に対する投票記載において、その氏名の上に「陸軍大将」「総理大臣」等の官職名を冠したり、または名下に「閣下」なる敬称を附したり等記載された、いわゆる一般公知な顕著なる表示記載の投票とは、その撰を一にすべきものではないのである。

本件選挙における選挙会が無効投票として処理した投票の中に「福山文枝」「高山正勝」と記載された投票各一票があつたが、いずれも候補者名の記載なき無効のものと認めて、前者は候補者福山仁の有効投票となさず、後者は候補者高岡正勝の有効投票となさなかつたが、この適切な措置との均衡上からも、「小山み」「小山ミイ子」の投票は無効とすべきである。

一三、以上の次第であるから小山候補の有効投票得票数は一三〇票以下であり、原告のそれは一三七票であつて、原告の得票は小山候補の得票より多いのにかかわらず、原告の当選を無効とした原裁決は違法であるから、その取消を求めるものである。

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として原告主張の一ないし四の事実を認め、五の点を否認する、六の事実のうち(1)の音読すれば「大山」はオーヤマと発音し、「小山」はオヤマと発音せられ、音声発音において、やや似た聴覚を感ずること、(3)の本件選挙の選挙会が小山候補の有効投票と決定した投票中に「大山なをえ」及び「大山ナオエ」と記載した投票があること、(5)の小山直枝は(イ)ないし(ニ)の会長、副会長、委員等を担任し、実父小山勝清は小説家として著名な文士であること、(7)の「大山ナオエ」または「大山道夫」と宛名の記載された郵便物等が小山直枝またはその家族に届いたことを認めるが、その他の事実を否認する。七の事実のうち(1)の上部二字は判読不能であるが、下部三字は「オヤマ」と判読せられることを認めるが、その他の事実を否認する。八ないし一二に掲記された各投票は、いずれも有効投票であり、一二の事実のうち本件選挙において福山仁、高岡正勝が立候補していたことを認める。

一、「大山」と記載した投票(No.11)一票は、次の理由により小山直枝に投票しようとして「小山」の「小」を「大」と誤記したものとして同人の有効投票と認めるのが相当である。

(1)  本件選挙の候補者のうち「大山」に類似する者は、「大」と「小」の字音において近似せる小山直枝候補のみで他に類似する候補者はないこと

(2)  本件選挙の選挙会において同候補の有効投票と決定された投票中に「大山なをえ」または「大山ナオエ」と記載された投票があること

(3)  同候補の居住する老齢者層では今もつて「小山」をオーヤマと音読する習慣があること

(4)  投票の「大山」とある記載が稚拙な字で表現されていること

(5)  「大山ナオエ」または「大山道夫」と宛名の記載された郵便物等が小山直枝またはその家族に届いていること

(6)  本件選挙当時、小山直枝は選挙ポスターの「小山直枝」の氏名の横に「オヤマ」と振仮名を附し、選挙運動中もオヤマ、オヤマと連呼していたこと

二、「」と記載した投票(No.12)一票は、上部の判読し難い二字を除けば、四字目は「ヤ」と書くべきところを稚拙な筆勢のため誤つて書かれたもので「オヤマ」と認めるのを相当とし、更にその記載が稚拙なことから上部二字は、記載者が「小山」または「オヤ」を書く積りで書き初めたが、次に続く文字を頭に思い浮べることができないままに、それをそのままにして再び仮名で「オヤマ〔手書き文字〕」と続けて記載したものと認めるのが相当であり、有意の記載とは認められず、従つて他事記載と解することはできないと述べた。

(証拠省略)

理由

一、本件選挙における選挙会は候補者原告の得票を一三七票、候補者小山直枝の得票を一三六票と判定し、原告を最下位当選人、小山直枝を次点として落選人と判定したこと、その後小山直枝は右当選の効力に不服をもち相良村選挙管理委員会に異議の申立をなしたところ、同委員会は異議申立を理由なしとして棄却したこと、同人は更に右決定を不服として被告熊本県選挙管理委員会に対し原告主張のごとき事由を主張して訴願をなしたところ、同委員会は、さきに相良村選挙管理委員会のなした決定を取消す旨の裁決をなし、右裁決書は昭和三六年七月二四日原告に送達されたことは当事者間に争がない。

なお成立に争のない乙一号証、検証(小山ナオエの選挙候補者届)の結果及び証人小山ナオエの証言によれば、候補者小山直枝の戸籍上の氏名は小山ナオエであるが、通常、小山直枝と称し、本件選挙における選挙候補者届にあつても候補者名は小山ナオエ、届出人名は小山直枝とし、選挙ポスターにも候補者名として小山直枝と掲記されていたことを認めることができる。

二、よつて原告主張の事実につき逐次、判断を加える。

原裁決が特に小山候補の有効投票と判定した原告主張の投票二票(No.11,12)並びに本件選挙における選挙会が同候補の有効投票と判定したが、原裁決も判断を示さなかつた原告主張の投票六票(No.4ないし9)が存することは、検証の結果に徴して明白である。

まず原裁決が小山候補の有効投票と認めたもので、原告が同候補の無効投票と主張する「大山」と記載した投票(No.11)一票の効力について。

成立に争のない乙一、二号証、証人小山勝清、同大塚武親、同黒木みつる、同小山ナオエの各証言及び検証の結果を綜合すれば、(一)小山候補の「小山」は、コヤマではなくて、オヤマと音読すべきであるが、本件選挙当時選挙ポスターの「小山直枝」の氏名の右横に「オヤマ」と書かれ、選挙運動中もオヤマと連呼されていたこと、(二)本件選挙の施行された相良村には、小山候補一家以外には小山姓はないこと、(三)本件選挙の議員候補者のうち他に類似の氏の者がないこと、(四)相良村の村民の中には候補者の姓たる「小山」をコヤマと音続するものはなく、オヤマないしオウヤマ、オオヤマと音読していたこと、(五)本件選挙の選挙会において小山候補の有効投票と決定した投票中に「大山ナオエ」(No.5)と記載された投票があること、(六)本件選挙の施行前に小山候補にあてた葉書のなかに「大山ナオエ」の宛名を記載したものがあつたが、これが小山候補に到達していることを認定することができる。

以上の事実に徴すれば本票は小山候補に投票しようとする意思で書かれたものであつて、音読の誤解から「小山」の「小」を「大」と誤記したものであり、しかも「大山」と姓のみを記載した投票であつても、他の候補者のうち小山姓がなく、小山候補に対する投票であることが確認できるから、同候補に対する有効投票と解すべきである。

三、次に前同様原裁決が小山候補の有効投票と認めたもので、原告が同候補の無効投票と主張する「」と記載した投票(No.12)一票の効力を検討する。

本票の上部二字は不要且つ過剰な記載であるが、下部三字が「オヤマ」と判読されうることは、原告も強いて争わないところである(四字目は「カ」と認めるべきではなく、「ヤ」と判読できるのである)。

上部二字については、筆者の運筆の稚拙な点からみて、被告選挙管理委員会の主張するごとく、まず「小山」または「オヤマ」の「オヤ」と書こうとして、かかる記載をなしたが意に満たず、更に改めてオヤマの第一字から書き直したが、最初の二字の抹消を失念したものと推認されるのである。しかも、その記載された文字は、たどたどしいが文字は全体として真摯な態度で書こうとしたことが窺われ、上部二字が殊更に特別の意図をもつて書かれたものとは認めることができないのであるから、他事記載とはいえず、全体として小山候補に対し投票しようとする意思を窺うに足りるから、同候補の有効投票と解すべきである。

四、さらに以下いずれも原裁決が投票の効力につき判断を示さず、本件選挙会が小山候補の有効投票と判定した投票について検討する。

「」と記載した投票(No.4)一票について。

本票の三字は、いずれも稚拙な記載であるが、二字目は「ヤ」と書こうとして不正確な表現に終つたものと認むべきであつて、全体として「オヤマ」と読むことができる。

原告は本件投票の記載を目して型紙を使用したと主張するが、型紙使用の事実は窺知しえず、その証拠も存しないのである。

従つて、この投票は小山候補の有効投票と解すべきである。

五、「」と記載した投票(No.5)一票について。

「大山ナオエ」と記載した投票について、前掲二の「大山」と記載した投票に関し述べたところと同一の理由によりこれを小山候補の有効投票と認めるべきところ、本票の一字目の左横に「」の記載があるが、これは書き損した文字を抹消したにとどまり、意識的な他事記載とは認め難いのであるから、小山候補に対する有効投票と解すべきである。

六、「」と記載した投票(No.6)一票について。

この票も、候補者の氏名の右横に「」の記載があるが、前同様書き損した二個の文字を抹消したものであり、その記載から真面目な投票であることが窺知されるのであつて、意識的に他事を記載したものとは認めがたい。従つて、これを他事記載のある投票と認むべきであるとの原告の主張は採用し難く、本投票は小山候補に対する有効投票と解すべきである。

七、「」と記載した投票(No.7)一票について。

候補者名の上欄「」は一旦、一字を書いた後、位置、字形等より不満足に思い、これを抹消し、改めて小山候補の氏名を書いたものと認められる。従つて最初の字は他事記載とみるべきではなく、小山候補の有効投票と解すべきことは当然である

八、「小山み」と記載した投票(No.8)及び「小山ミイ子」と記載した投票(No.9)各一票について。

投票用紙に小山候補の姓たる「小山」のみを記載した投票であつても、他の候補者のうち小山姓がなく、これによつて小山候補に対して投票したことが確認できるから、同候補に対する有効投票と解すべきところ、本件各投票にあつては「み」また「ミイ子」が附記してあるので、その意味するところを考察しよう。

証人小山勝清、同黒木みつる、同小山ナオエの各証言によれば、小山候補の戸籍上の名は「ナオエ」であるが、出生直後「みどり」と命名されていたので、部落の人は殆んど「みい子」「みいちやん」の愛称ないし通称をもつて同候補を呼んでいたことを肯認しうるのであるから、これらの投票は、同候補の姓の下に愛称ないし通称の類を附して自己の投票しようとする候補者を特定しようとしたことが窺われ、且つそれ以外に特別の意図のあることの認められない以上、他事記入とは認められず、いずれも小山候補に対する有効投票というべきである。

なお原告は本件選挙における選挙会が無効として処理した投票の中に「福山文枝」「高山正勝」と記載した投票各一票があつたのに、前者は候補者福山仁、後者は候補者高岡正勝の有効投票としなかつたことを理由に本件各投票も無効であると主張するが、右のごとき投票が各一票あつたことは、検証の結果に徴し、明白でありまた本件選挙においてその主張の両候補が存したことも当事者間に争がないのである。しかし検証における当事者の主張によれば、福山文枝は福山候補の妻であるというのであるから、候補者の妻の氏名を書した投票の効力に関するものであるし、また「高山正勝」と記載した投票についても、前来述べたごとき本件各投票の効力に関する事情とは相当に異なるのみならず、小山候補に対する同一投票中における投票の効力の差異ではないから、本件各投票の効力判定の資料とすることは必ずしも妥当ではないのである。

九、以上の説示によれば、原告主張の投票八票(No.4ないし9,11,12)はいずれも有効であるから、原裁決の判定したごとく小山候補の得票は一三八票、原告の得票は一三七票となり、原裁決は正当であるので、その取消を求める原告の請求は理由がない。

よつて原告の請求を棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 相島一之 丹生義孝 藤野英一)

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